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京都地方裁判所 昭和34年(ワ)111号 判決 1965年2月23日

原告 竜田三

被告 国 外一名

訴訟代理人 光広竜夫 外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、(売買契約の締結、登記申請の嘱託、受理)

本件土地が高木万三の所有で、登記簿上も同人の所有名義となつていたところ、原告はその夫竜田茂郎を代理人として、原告主張の日時、高木から同土地を買受けたと称する半海潔との間に、高木から原告に対する中間省略の所有権移転登記申請が所轄法務局に受理されることを停止条件とし、代金を一五〇万円とする売買契約を締結したこと、原告は茂郎を代理人として、原告主張の日時、半海から交付を受けた高木の前所有者染谷誠一から高木に対し本件土地を譲渡した旨の登記済証、京都市中京区長作成名義の高木の印鑑証明書、高木の委任状など登記申請に必要な書類一切を、司法書士たる被告長谷川の事務所に呈示して、高木から原告に対する所有権移転登記申請を嘱託したこと、同被告はこれを引受け、原告主張の日時、京都地方法務局に対し右書類にもとづき右登記申請をしたところ、同法務局の登記官吏は右申請を受理し、昭和三三年八月三〇日受付第三一四九三号をもつて右登記がなされたことは当事者間に争いがない。

二、(登記申請書類の偽造)

原告は、その後高木から、本件登記は同人の意思にもとづかずしてなされたものであるとして、京都地方裁判所に登記抹消の訴を提起され、原告主張の日時、本件原告(右事件被告)敗訴の判決言渡があり確定したことは当事者間に争いがなく、この事実と、法務局作成部分の成立につき争いなく、その余の部分の成立につき弁論の全趣旨によりこれを認めうる甲四号証、成立に争いのない同六号証および同一、二号証の各存在に弁論の全趣旨をあわせると、本件登記申請の添付書類たる登記済証(二円の収入印紙三枚の貼用、末尾物件表示欄中の各物件毎に順位番号が記載されていないことは原告と被告国との間において争いがなく、昭和二六年五月三〇日付、売渡人染谷誠一、買受人高木万三、売渡代金五二万円の各記載があり、京都地方法務局同日受付の登記済印とその庁印が押捺されているもの、なお同法務局昭和三三年八月三〇日受付の登記済証とその庁印の成立が真正なものであることは当事者間に争いがない)、印鑑証明書(証明欄中作成日付として33 8 4のゴム印、証明権者たる京都市中京区長の印刷名下に京都市中京区長之印と刻した証明印の各押捺されたもの)などは偽造文書であることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

三、(被告国に対する請求についての判断)

(一)  およそ登記を申請するには、登記済証(不動産登記法三五条一項三号)および印鑑証明書(同法施行細則四二条)などが必要とされ、右両者は相まつて、申請書が登記義務者であることを確かめ、かつ登記義務者の意思にもとづかない申請のなされることを防止しようとするものであることは明らかである。そして、登記官吏が登記申請を受理したときは、遅滞なく申請に関するすべての事項を調査すべく(不動産登記法施行細則四七条)、その結果申請の欠缺が即日補正された場合を除き、不動産登記法四九条一号ないし一一号所定の事由あるときは申請を却下すべきものとされている(同条本文)。

したがつて、登記官吏は、登記原因をなす実体的権利関係の変動の効力についてまで審査する職責はこれを有しないけれども、少なくとも前示却下事由の存否について、申請書のほか登記済証および印鑑証明書などの添付書類の形式的真否を、その添付書類、登記簿および印影の相互対照などによつて調査すべき職務権限を有し、不真正な書類にもとづく申請を却下すべき注意義務が要求されるものといわねばならない。

(二)  これを先ず登記済証(甲一号証)についてみれば、

1  そこに表示された売渡代金は五二万円であるのに、二円の収入印紙が僅か三枚しか貼用されていないことは前認定のとおりであるから、一見して印紙税法違反であることは明らかであるけれども、これは申講の却下事由にあたらないばかりか、通常これをもつて直ちに本件登記済証が不真正のものであることを看取すべきものとするのはいささか酷であるから、かりにこれを看過したからといつて注意義務を怠つたとはいえない。

2  京都地方法務局昭和二六年五月三〇日受付の登記済印および庁印が偽造のものであることは前認定のとおりであるところ、右庁印については、前示甲四号証の庁印および同一号証のうち前示成立の真正な庁印と対照してみても、印影の大きさ、形状、字体などは全く酷似しており、また右登記済印については、右各号証のそれと対照すれば、その形状は一見してそれらより細長いものであることが明らかであるけれども、証人高田義己の証言によると、右のような登記済印も当時現に使用されていたことがうかがえるから、登記官吏に要求される通常の注意をもつてしてもなお偽造を看取しえないものとみてさしつかえなく、これを看過したことをもつて注意義務を怠つたとはいえない。

3  末尾物件表示欄の各物件の順位番号についていえば、不動産登記法六〇条一項によりその但書所定の場合を除きその記載がひとしく要求されているところ、本件が右但書所定の場合に該当しないことは明らかであり、かつ本件登記済証にその記載が欠缺していたことは前認定のとおりである。そして、真正な登記済証たる前示甲四号証によると、右順位番号などの刻されたいわゆる冊番印が各物件毎に逐一押捺されていることが認められる。しかしながら、本件登記済証の作成日付たる昭和二六年(前示甲四号証と同じ作成日付)に不動産登記法が改正され、登記簿および登記事務取扱方法の改善を図ることを目的として、従来の登記簿の形式が改まり、全国の法務局における大福帳式の登記簿はバインター式の登記簿に改製されることとなり、証人高田義己、新見忠彦、北田英太郎(第二回)の各証言によると、当時右改製作業と相まつて事務の渋滞を防ぐ必要上冊番印が事実上広く省略される例のあつたことがうかがえる。このことは、そもそも順位番号が登記簿の事項欄に記載した順位を示すものであつて(不動産登記法五二条参照)、その記載の如何によつて当該登記済証ないしは登記の効力に何らの消長をおよぼすものではなく、また物件の同一性の識別に不可欠のものでもないことと、登記は実質関係に合致した確実なものであることが要求されること勿論であるけれども、他面登記事件は当事者間に必らずしも争いがある問題ではないし、右確実性にのみ専念すればいきおい登記事務は渋滞して取引の円滑を阻害し、ひいては登記制度自体の利用度を低めることにもなることをあわせ考慮すれば、右の如き実務の取扱を望ましくないことではあるがあながち不当視するわけにもいかない。そればかりか、順位番号の欠缺は申請の却下事由にもあたらないのであるから、その欠缺のゆえに本件登記済証が不真正なものであることを直ちに看取しえたともいえない本件の場合に、これを看過したことをもつて注意義務を怠つたとはいえない。

4  末尾物件の表示坪数のうち「拾八坪」の「拾」の一字が朱抹され、その個所に認印を欠いていることは甲一号証の記載から一見して明らかであるけれども、後にも触れるとおり、右抹消が本件登記申請の受理に先立つてなされてたとしても、朱抹された結果が真実のそれと一致しているのであるし、以上認定の事実関係をもあわせ考慮すると、登記済証の性格からいつて先に登記の実行のさい訂正されながら認印を欠いたにとどまるものとしてこれをさして重視せず、ために本件登済記証そのものの偽造を看過したからといつて、通常なすべき注意義務を怠つたとはいえない。

(三)  次に印鑑証明書(甲二号証)についてみれば、

1  成立に争いのない乙一号証(京都市中京区長の証明にかかる印鑑証明書)と対照すれば、その印刷形式は縦書と横書との違いがあつて必らずしも同一ではないけれども、前示甲六号証によると、右印刷形式は印刷の時期により必らずしも統一されていないことおよび本件印鑑証明書の用紙(印刷文字を含む)そのものは真正なそれであることが認められる。

2  しかも、中京区長の証明印は、前示乙一号証と対照してみても、印影の大きさ、形状、字体などは酷似しており、特に字体については面者とも「京」となつており、したがつて真正なそれは「京」である旨の前示甲六号証の記載はたやすく措信しがたい。また、右甲六号証によれば、真正な証明印は輪郭が相当磨滅しているのに本件の証明印のそれは鮮明である旨の記載があり、このことは右対照によつても一応うかがえるけれども、朱肉の厚薄や押す力の強弱などによつて多少の相違は通常避けられないことであるから、この程度のことで直ちに不真正なものであることを看取すべきものとするのはいささか酷である。

3  作成年月日の「33 8 4」の文字形式も太い細いのある活字式のものでなく、一様に太いもであるからといつて、以上認定の事実関係をあわせ考慮すれば、これだけで直ちに本件印鑑証明書そのものが不真正なものであることを看取すべきものとし、これを看過したことをもつて注意義務を怠つたとするのはあたらない。

4  所轄法務局において、真正な証明印の印影を集録したものを備付けておらず、したがつて逐一それとの照合確認をしなかつたからといつて、少なくとも本件の場合には、それを実行していれば容易に真偽を判別しえたともいいかねるから、そのこと自体に過失があるとはいえない(このことは本件登記済証についても同様である。)

(四)  以上を要するに、他に特段の專情のうかがえない本件に為いて、登記官吏が本件登記申請を受理するにあたり、本件登記済証および印鑑証明書などの偽造を看過したことをもつて過失があるとはいえないから、登記官吏に過失のあることを前提とする原告の被告国に対する請求は、その余の争点に言及するまでもなく失当というのほかない。

四、(被告長谷川に対する請求についての判断)

(一)  先ず、同被告に対する訴の一部却下の主張について考えてみるに、登記申請行為は、登記申請人が国家機関たる所轄法務局に対し一定内容の登記をなすべきことを要求する行為であつて、私人のなす公法上の行為の一種であるといえるけれども、司法書士のなすいわゆる登記事務の如きは、登記官吏のそれとは異なり、単に私人たる他人の嘱託を受け、その者に代つて書類を作成して登記申請をなすための事務手続に過ぎず、したがつてそれは純然たる私法行為であつて、登記申請行為そのものとは区別されるべき性質のものである。これを本件についてみるに、原告は司法書士たる被告長谷川およびその被用者たる北条に、登記の申請に先立ち、本件登記済証および印鑑証明書など登記申請書類を審査し、真偽を確認すべき注意義務のあることを前提に、その義務違反を過失として民法の不法行為責任を求めるものである。それゆえ、同被告の訴却下の主張は採用しがたい。

(二)  原告は、被告長谷川が、原告の代理人たる茂郎から呈示を受けた本件登記済証および印鑑証明書など登記申請に必要な書類が真正なものであり、したがつてこれを添付書類としてする登記は可能であり、登記の完了について責任を持つことを確約した旨主張するけれども、一応右主張にそう証人竜田茂郎および半海潔の各証言を措いて他にこれを認めうる証拠はなく、右各証言は、特段の事情の存しない本件においては容易に措信しがたい。かりに、同被告または北条が茂郎に対し、右書類で登記ができる旨答えたとしても、そもそも司法書士は、本件についていえば、単に他人の嘱託にもとづきその者に代つて登記申請書類を作成することを業とするに過ぎず、登記申請を受理するか否かは登記官吏の所轄事務である。ばかりか、不動産仲介業者のように実体上の取引行為そのものに関与するものではなく、また本件においてこれに関与したことを裏付ける証拠もないのであるから、それは、単に登記申請書の添村書類として一応外観上の形式が整つているという程度の意味に解すべきである。それゆえ原告の右主張は到低採用しがたい。

(三)  1 先にも触れたとおり司法書士は、他人の嘱託を受けて登記申請書類を作成することを業とするものであつて、通常実体上の取引行為の結果、当事者間において授受された登記の原因証書たる売買契約書その他の書類の呈示を受け、これにもとづいて申請書類を作成するにあたり形式的に必要書類を整えその記載要件の欠缺のないようにする注意義務があるに過ぎず、本件においても、全立証をもつてしてもその例外をなすものとはいえないから、司法書士たる被告長谷川およびその被用者たる北条には、本件登記済証および印鑑証明書など茂郎から呈示を受けた登記申請に必要な書類が真正なものであるかどうかについてまで逐一審査確認すべき注意義務は存せず、いわんや登記官吏と同一程度の審査義務があるとは到底いえない。このことは、被告長谷川の受任者としての善管義務を否定するものではなく、同被告が委任の本旨にしたがつて登記申請書類を作成すべき右義務のあることは勿論であるけれども、本件の場合、茂郎から呈示を受けた前示各書類の真偽を確認すべきことが右善管義務の内容をなすとは到底いえないであろう。

2 なお、証人竜田茂郎の証言によれば、本件登記済証の末尾物件表示坪数中「拾八坪」の「拾」の一字を、長谷川の被用者たる北条が朱抹したことがうかがえるけれども、かりにそうだとしても、登記済証の性格上、直接これに関与しない同人の立場において、登記官吏が先に登記の実行にあたり、これを抹消することを看過したものと軽信したとしても、右茂郎が北条の面前において敢てこれに疑問を抱かなかつたことをあわせ考慮するときは、そのことのゆえに北条に偽造を看取すべき注意義務があり、これを怠つたとはいえない。

3 かりに、被告長谷川および北条に、本件登記済証および印鑑証明書など茂郎から呈示を受けた各書類の真偽を確認すべき注意義務があるとしても、豊記官吏にその義務違反のないこと前認定のとおりである以上、同被告らについても同様に義務違反がなかつたといわざるをえない。

(四)  以上を要するに、他に特段の事情のうかがえない本件において、被告長谷川およびその被用者たる北条に過失のあることを前提とする原告の同被告に対する契約上および一般不法行為上の責任を求める請求は、その余の争点に言及するまでもなく失当というのほかない。

五、(証拠調の違法性)

証人北田英太郎に対する第一回証拠調(嘱託尋問)の適否について、被告国の主張するところを考えてみるに、右証拠調の実施に至るまでの経過は、本件記録によれば次のとおりである。すなわち、当裁判所(裁判官露木靖郎)は原告訴訟代理人の昭和三八年九月一〇日付証拠申出書による右証人尋問の申出につき、同年一〇月三日午前一〇時の第三二回口頭弁論期日においてこれを採用し、同月一九日付書面(該尋問には双方代理人とも立会しない由である旨を記載した書面が添付されている)をもつて、徳島地方裁判所に右証拠調の嘱託をしたところ、同裁判所の受託裁判官ば同年一一月一三日これを津地方裁判所に転嘱した。そこで、津地方裁判所の受託裁判官は同月二五日証拠調期日を同月二八日午後一時と指定し、かつ同日右証人に右期日の呼出状を送達(原被告双方代理人に対する右期日呼出状の送達報告書はない)し、その証拠調は期日に原被告双方代理人全員不出頭のまま実施された。以上によれば、結局津地方裁判所の受託裁判官は、原被告双方代理人に対し右証拠調期日における呼出をしなかつたものと解さざるをえない。そして、これは前示書面に原被告双方代理人が証拠調期日に立会しない旨の記載があつたからと推測できるが、右双方代理人において立合しない旨の右申出をしたことをうかがうに足りる資料は本件記録上存しないから、右証拠調は双方代理人に全く立会の機会が与えられないまま実施されたことが明らかである。したがつて、右証拠調は、民事訴訟法一五四条に違反し、少なくとも異議のある被告国に対する関係においては、その余の主張について判断するまでもなく、これを判決の資料とはなしえないと解する。

六、よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、

八九条、九三条を適用して、訴訟費用の負担につき民事訴訟法主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉孝)

目録<省略>

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